提案が通らないのは資料のせいだけですか?“文脈”に目を向けるマーケティング
池邊 沙也加
目次
合理性だけで人は動かせない
こんにちは、D2C Rストプラの池邊です。
CANVASで記事を書くのは1年ぶりでしたが、以前とは随分世間も様変わりしました。
2020年はリモート環境に慣れることから始まり四苦八苦の1年でしたが、ずっと家に居るから…と念願の猫を飼い始めました。今も横で丸くなって寝ています。可愛い。足をつついたら睨まれました。
話がそれました。
みなさんは2020年、どんな1年を過ごしましたか。ニューノーマル、ソーシャルディスタンスと新しい言葉がどんどん生まれ、新しい価値観がぶくぶくと膨らんだ1年。変化し続ける環境に慣れる為、普段より沢山の努力が必要でした。新しい取り組みに挑戦しては失敗を繰り返した方も居るでしょう。私はそうだったし、「こんなに頑張ってるのに報われない!」と涙をのんだ夜もありました。ですが、その失敗は自分の努力不足だけではなく、ほんの少しの視点変換が足りなかったのかもしれない…これが今日のテーマです。
今回の記事テーマは“文脈”です。
(私、マーケティングの話が聞きたいんですけど…)
そう思わず、少しお付き合いください。文章執筆やストーリーメイキングのお話は出てきません。“文脈効果”というマーケティングで用いられる効果についてお話しします。
- 提案資料、一生懸命作ってるのにいつもクライアントの反応が微妙…
- 絶対刺さると思った企画、びっくりするほど世間にスルーされた/炎上してしまった
- これを読んだ今、「文脈なんて自分の仕事には必要ない」と思っている
これらに心当りがある方へ、何かヒントをお贈りできれば幸い至極です。
あらゆる意思決定を左右する“文脈”
2つの“同じ”提案
突然ですが次の段落から、あなたには『とあるゲーム企業のマーケター』として2つの提案の内、どちらかを採用してもらいます。
与件は「来月のプロモーション計画について」です。
提案①
提案②
さて、あなたはどちらの提案を選びたいでしょうか?
この資料を見比べたら、おそらく大半の方はB社と答えるはずです。
では、更に質問です。
先ほど伝え忘れていたのですが、2社とあなたの企業の関係値には大きな差があります。
A社は企業の立ち上げからずっと依頼をしている大手広告代理店で、公共事業や大規模プロモーションの実績も豊富です。
B社は今回初めて提案を聞く企業で、無名の小さな代理店です。資料は丁寧ですが、メールの返信が遅い印象を受けました。
それでも、あなたはB社を選びますか?
2つの違う文脈
両社とも、「来月は認知施策を実施する」という結論は同じです。ただ、それだけ言われるのとその意図・根拠を明示した上で言われるのでは随分印象が違います。みなさんも普段の業務でよく感じることでしょう。だからこそ日々数十枚、時には数百枚の資料を徹夜で作るなんてことが起きるのです。
ところが今みなさんが感じられた通り、意思決定とは提案の瞬間に完結するものではありません。提案のずっと前、極端に言えば相手に会った時から意思決定を握る積み重ねが始まっています。
「結局何なの?」
「お付き合いが長くて大きい所が有利って言ってるだけ?」
「結局営業のグリップの話?」
「マーケティングも戦略も出てこないじゃん」
そう思われていたら申し訳ありません。
ですが、この事例で大事なのは「誰しも、資料だけで正しい判断ができるほど、合理的では無い」という前提です。
あなたと同様クライアントも生活者もこちらが投げる提案や企画だけを見て何かを判断することはありません。大抵本筋から逸れた周辺情報も大いに加味しています。これを探るのがいわゆる「インサイト」ですが、更にそこから望ましい方向へ相手の舵取りをするのが「文脈効果」と、この記事では解釈します。
文脈の作り方
さっきから何度も登場する文脈効果というワード。
なんとなく輪郭はお伝えできたと思います。
次に気になるのは作り方です。
にべもなく言えば、「全方位つぶしが効く文脈作り」はありません。全てはケースバイケースで、九九のようにいつも9×9=81とはいきません。でも自分の中に公式が沢山あれば状況に応じて組み替えが可能です。ここではさまざまな学問領域から文脈作りに活かせそうな手法をいくつかご紹介します。
プライミング…行動経済学の手法
あらかじめ受けた情報が、無意識に行動に影響を与えること。
図の記号は、前後の情報でBにも13にも見えます。
もっと身近でみなさんが感じる例として冒頭の猫の写真を用意しました。実はこの猫、私の実家で飼っている別の猫です。あのテキストを読んだみなさんは十中八九私が飼い始めた猫の写真だと思いましたよね。これも一種のプライミングです。
ビジネスに置き換えるなら、運用広告を提案する前に純広告と運用広告の効果比較を説明する…など、資料作成の時にしっかりと自分の主張を伝えるための「伏線設計」をお勧めします。
ちなみに、実際に飼い始めた猫は私のアイコンのイラストになっています。めちゃんこ可愛いです。
イエスセット…催眠学の手法
「イエス」と答えられる問い掛けが続くと、その後も肯定的な反応を示したくなること。
これは心理学/催眠学の領域でよく用いられる手法です。フットインザドアというアプローチ手法も、この心理法則を用いています。「ペン貸して」と言われて一回応じた相手には、もう1回くらいなら貸して良いかな…と感じませんか?
普段の提案の場における目線合わせという作業はこれに近いです。提案資料の分析パートや戦略の前段の考え方の部分を作りこむことで、相手の納得を重ねることは理に適っているのです。
プロスペクト理論…行動経済学の手法
ポジティブな感情より、ネガティブな感情の方が人間に大きな変動をもたらすこと。
上図のグラフは、横軸が損得、縦軸が価値に対する感情の揺れ動きを表します。同じ1万円分でも、貰うより失う時の方が気持ちは大きく落ち込みます。また、大きな損失を抱えた時の方が、ハイリスクな賭けに出やすくなってしまう傾向があるそうです。
ネガティブな感情が大きすぎると、人間は現実逃避や思考停止に陥ります。そうなれば伝わる話も伝わりません。過剰な非難を浴びる危険もあります。不均衡な感情の動き方を知ることでクライアントや生活者とのより良い接し方が見つかるかもしれません。
モーメント思考…マーケティングの手法
意思決定の瞬間は、人の属性ではなく行動、感情に左右されるということ。
もともとはP&G社が提唱する購買行動のポイントを示す用語でしたが、近年『アフターデジタル』で有名なビービットの藤井さんが上記のような概念を提唱しています。
デジタル広告で考えれば、「F1層**社の日焼け止めユーザー」のようなデモグラと類似商品購買データ基軸の従来のターゲティングを「一年中日焼けしたくない人」という感情軸に切り替え、より立体的で大きなオーディエンスを獲得する…などの手法が考えられます。
構文化…持論
「AといえばB」「AなのにB」といった構文にして表すと、認知形成がしやすくなること。
手法自体はありふれたものですが、私はこれを「構文化」と呼んでいます。特に、「AなのにB」構文は受け手にギャップ・意外性を与えられるので、印象に残りやすいです。以下では、世の中のヒットコンテンツを勝手に「AなのにB」構文にしてみました。
・300万円なのに大ヒット(『カメラを止めるな!』)
・アイドルなのに会いに行ける(アイドルグループ:AKB48)
・ツッコミなのに超小声(お笑い芸人:四千頭身)
・スマホなのに本格RPG(『グランブルーファンタジー』)
既に“文脈”まみれの世の中で、自分をブランディングするために
長い話に付き合っていただきありがとうございます。
ここまでを要約すると
- 人はいつでも合理的に行動できるわけでは無い
- 本筋から目を逸らしたところにある、様々な周辺情報をもとに意思決定をしている
- だからこそ「文脈効果」を活用して相手に正しく意図を伝え、望ましい方向への舵取りをするべきである
という3点がポイントでした。加えて5つの文脈作りも紹介しましたが、目新しいものは無く肩透かしだったかもしれません。
ですが、誰もが「当然だよね」と思うことを学問として言語化している人が既に居て、更にそれを聞き意識的に「文脈作り」を行っている人も世の中に溢れている…と考えると、知らないことがとても損な気がしませんか?
現代は文脈に溢れています。メディアの数は増え続け、SNSには膨大な数のUGCが生まれています。その情報それぞれに文脈があり、私たちの意思決定に影響をもたらします。逆に言えば、文脈作りの手法をただ使うだけでは、すぐ違和感に気付かれるほど生活者のリテラシーは上がっています。最近よく話題になる炎上事例なども、当事者に悪気があることは少なく、大抵はコミュニケーションにおいて文脈というボタンを掛け違えることから起きてしまいます。個々人の持つ文脈が多様化するほど、掛け違いは起きやすくなります。
この記事をきっかけに、みなさんの文脈が広がってより良い毎日に繋がれば幸いです。
そして、この記事の通り感情や文脈という数値化できないデータと向き合い、マーケティングに試行錯誤している弊社ストプラに興味をお持ちいただいたら、お気軽にご連絡ください!
▼ストプラって何者?と思った方はこちらの記事もどうぞ
ストラテジックプランニングチームって何してるの?
ストラテジックプランニング部 ストプラチーム。ゲームディレクションやWEBコンテンツ制作などの企業を経て、D2C Rに入社。ユーザーモーメントやペルソナ分析を軸に、感情を大切にした戦略を書きます。ごはんとお酒で大体幸せ。在宅勤務のリフレッシュに、ネットサーフィンのお供に。読みやすくて為になった気がする記事を発信します。